参照テキスト:朝日新聞
・2008年11月06日(木曜日)付
・2008年11月07日(金曜日)付
・2008年11月08日(土曜日)付
・2008年11月09日(日曜日)付
・2008年11月10日(休刊)
天声人語
・米国民は変革のサイを投げた・
◆それは、きょうの日を予言した熱狂だったように、今になれば思われる。無名だったオバマ氏が4年前、一躍全米に名を広めた演説のことだ。民主党全国大会での鮮やかな雄弁を、取材で会場にいてきいた。
◆クリントン夫妻や、その年の大統領候補ケリー上院議員……。きら星が光る会場の空気は「オバマって誰?」だった。だが登壇し、話しを始めると、大聴衆は私語をやめ、たちまち吸い込まれた。きら星もかすむ歓声と拍手が、「祖国アメリカ」を語る言葉に湧いた(わいた)。
◆米国の民衆は政治家に言葉を求め、言葉を楽しむ。心に響く言葉によって連帯感を強め、将来を確かめ合う光景は、日本の政治風景とだいぶ違う。かの地が「民主主義の祭り」と呼ばれるゆえんでもある。
◆その祭りに勝ち、オバマ氏は大統領になる。4年を経た勝利演説でも聴衆を魅了していた。「民主主義を疑っている人がいるなら、今夜がその答えだ」。初の黒人大統領になる自らを、建国以来の理念に重ねた。
◆無名かつ無銘から登りつめた勝利の言葉は、それゆえに重い。人を勇気づけもする。ひるがえって、世襲議員の首相が続く日本とは、残念ながらだいぶ違う。選挙は将来への賭けだという。米国民は「変革」のサイを投げた。こちらは賭ける機会も見通せぬまま閉塞感が(へいそくかんが)募るばかりだ。
◆「真に偉大な大統領になりたい。情けない大統領ならいくらでもいるから」と、氏はかつて語っていた。きょうの興奮がさめていけば、後には厳しい現実が控えている。言葉の真価は、これから問われる。 (2008年11月06日)
・手と心の関係・
◆東京にある日本民藝館(にほんみんげいかん)をつくった柳宗悦(やなぎ むねよし)は、身の回りで使われている陶器や木工品など、日常の道具に美しさを見出した人だ。それら民衆工芸の美しさは、人の手で作られるからこそだと『手仕事の日本』(岩波文庫)に書いている。
◆手が機会と違うのは、心とつながっているからだと柳は言う。<手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて……働きに悦び(よろこび)を与えたたり、また道徳を守らせたりする>。手仕事とは心の仕事にほかならないと、名高い目利きは唱えている。
◆その「手と心」の関係について、米国から愉快なニュースが届いた。手が温まっている人は、冷えている人に比べて、他人に対して優しくなるそうだ。大学の研究グループが実験結果を発表した。
◆たとえばホットコーヒーのカップを持った人は、アイスの人より他人を好意的に評価する傾向が見られたという。温湿布と冷湿布でも似た傾向が現れた。やはり手の奥には心が控えているのか。手のぬくもりは無意識のうちに心に結びつくらしい。
◆北からは雪の便りが届いて、きょうは立冬。季節の巡りは順調らしく、近所の雑木林は緑がだいぶ色あせた。通り雨がぱらぱらと枯れ葉を鳴らすような日には、温かいカップを両手でそっと包むのが「心」にはいいようである。
◆<「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ>という歌が俵万智さんにあった。白い息に手をこすり合わせる2人が浮かぶ。「寒いね」の会話もいま、北から南へと、急ぎ足で列島を下っているのに違いない。 (2008年11月07日)
・ブッシュ氏がオバマ氏勝利の立役者・
◆就職を望む人が、履歴書を書いて先方に送るのは日本もアメリカも変わらない。だが違うこともある。米国ではふつう、顔写真をはる必要なない。肌の色などによる書類審査の差別を防ぐためだ。
◆それで差別はなくなったのかと、シカゴ大学の教授らが数年前に「実験」をした。求人広告を出したいくつかの企業に、目的を伏せて3700通の架空の履歴書を送った。返事が戻ると、案じた通りだった。
◆白人に多いとされる名前(たとえばエミリー)で送った履歴書には面接の通知が多かった。黒人につけられがちな名前(たとえばラトーヤ)には少なかった。1.5倍の差がついたそうだ。平等をうたう奥に、なお根強い差別がひそむ一例だろう。
◆自ら勝ち取った法や制度の平等は、皮肉なことに黒人を追いつめてもきた。「それでも貧しいのは努力が足りないからだ」。責任を個々の黒人に帰する風潮を米社会は強めてきた。そして貧富の格差はブッシュ政権で極まる。
◆そのブッシュ氏が、オバマ氏勝利の立役者との見方がもっぱらだ。これまでは低かった黒人の投票率が、今回は跳ね上がったそうだ。「悪い政治家をワシントンへ送り出すのは、投票しない善良な市民たちだ」。そんな警句をきっと、多くの人に思い起こさせたに違いない。
◆歴史的な勝利にどれだけの涙が流れただろうと、本紙記者は黒人の喜びを伝えていた。号泣した人もいる。これを機に本当の平等が加速していくなら、不人気極まるブッシュ氏の、数少ない功績の一つとして歴史に残るかもしれない。 (2008年11月08日)
・水晶の夜と杉原幸子さんのお別れの会・
◆「黄金の三角」といえば、インドシナ半島の麻薬密造地帯をさす。ことほど左様に、美しい言葉が事物を表すとは限らない。字句の美しさゆえに、現実の醜さが際立つこともある。
◆1938年の晩秋、ドイツ全土でユダヤ人街が襲われ、多くの死傷者が出た。路上に砕け積もったガラスのきらめきから「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」の名で現代史に刻まれる。ナチスが扇動した事件から、今夜で丸70年になる。
◆以後、ユダヤ人迫害は強制収容へと加速していく。ドイツが進行したポーランドのユダヤ人350万人の一部は北に逃れ、40年の夏、リトアニアに達した。赴任中の外交官、杉原千畝(すぎはら ちうね)が彼らに大量の日本通過ビザを発給し、6千人の命を救った話はよく知られる。
◆妻の幸子さん(ゆきこさん)は、領事館に押し寄せた難民に驚く長男とのやりとりを、自著に残した。「あの人たち何しにきたの?」「悪い人に捕まって殺されるので助けてくださいって言ってきたのよ」「パパが助けてあげるの?」一瞬、言葉に詰まり「そうですよ」。
◆リトアニアはソ連に併合され、領事館は閉鎖を迫られていた。千畝は撤収までのひと月、東京の命に背いて手書きのビザを出し続ける。痛くて動かない腕を幸子さんがもんでいるうち、眠りこける日々だったという。
◆86年に他界した千畝。愛妻家としては、天国での単身もそろそろ限界だったに違いない。先月、幸子さんが94歳で召された。お別れの会がきょう、東京の青山葬儀所である。その勇気と、あの狂気に、思いを致す一日としたい。 (2008年11月09日)


