2008年12月01日

天声人語「堪忍袋の緒が細った社会は、子どもにも大人にも生きづらい」「人間は海をかなり追いつめている」「賢いオウムはいなかったのか」「政治の品位」「11月の言葉から」


*訂正したファイルと差替えました。失礼致しました。(18:07 記)

参照テキスト:朝日新聞

・2008年11月26日(水曜日)
・2008年11月27日(木曜日)
・2008年11月28日(金曜日)
・2008年11月29日(土曜日)
・2008年11月30日(日曜日)

天声人語


・堪忍袋の緒が細った社会は、子どもにも大人にも生きづらい・


◆<堪忍のなる堪忍は誰もするならぬ堪忍するが堪忍>は、人生訓をうたう道歌(どうか)のなかでもよく知られている。その教えが昨今あやうい。誰もするはずの堪忍さえできず、ささいなことで堪忍袋の緒を切らす人が、世代を問わずに増えている。
◆当節は「キレる」と表記される。本紙の記事には17年前に初登場し、10年前から急に増えた。キレる人が増えたから言葉が広まるのか。言葉が広まってキレる人を誘発するのか。いらだつ空気は世を覆って、募るばかりに感じられる。
◆そんな社会から、学び舎(や)だけが例外とはいかないらしい。「子どもの暴力」に手を焼く学校の実情が、文部科学省の調べで浮かび上がった。感情を抑えられずに暴発する子が、こちらも増えている。
◆机を投げる(小学校)、はさみで同級生の背中を刺す(同)、すれ違いざまに肩がぶつかってけんかになる(中学校)……。いらだちというガスに、他人への非寛容が導火線になって火がつくことが多いようだ。
◆先日の本紙で、歌人の俵万智さんが、電車内で耳にした会話を語っていた。誰かとメールのやり取りでトラブルがあったらしく、「そのときばかりは頭に来て、面と向かって電話したよ」と言っていたそうだ。
◆電話では「面と向かった」ことにはなるまい。なのにそう思うほど、メールや仮想空間の浸透で、友達同士が話さずに付き合う世界が広がりつつあるのだろう。そうしたなかで自意識ばかり肥大すれば、寛容はますます失われないか。堪忍袋の緒が細った社会は、子どもにも大人にも生きづらい。  (2008年11月26日)

・人間は海をかなり追いつめている・


◆釣り好きが自慢話をはじめたら両手を縛っておけ、などと冗談に言う。釣った魚の寸法がどんどん大きくなるからだ。だが俳優の松方弘樹さんが釣り上げた獲物は、両手をいっぱい広げてもまだ足りなかった。
◆300`を超えるクロマグロ(本マグロ)は山口県沖の日本海で、釣り好きで知られる松方さんの針にかかった。東京の築地市場に運ばれ、おととい競り落とされた。大トロの小売値が、普通は100cで5千円を越すと聞けば目が回る。
◆「海のダイヤ」と呼ばれるこの魚は、世界的な乱獲で数が減っている。このままでは危ういと、大西洋などで漁獲量を減らすことが決まった。日本に来る6割はそこでとれる。3年で3割強減らすとの報道に、すし好きの顔は曇ったかもしれない。
◆国内には在庫がまだあり、急な品薄にはならないそうだ。しかし先はわからない。魚食熱は世界で高まっている。需要が増えればマグロに限らず乱獲に拍車がかかる。「命の湧(わ)く海」というけれど、その豊饒(ほうじょう)は無限に約束されたものではない。
◆すでに人間は、海をかなり追いつめているという説がある。米国とカナダの大学が、今のままでは2048年には海から魚がいなくなると警告する論文を発表した。過激な内容だが、ありえない話ではないらしい。
◆古くはマグロをシビと呼んだ。その名が「死日」に通じるとして不吉がられた時代もあったという。時は移り、いまや「国民魚」さながらの人気を誇る。末長く舌鼓を打つためには、少し痛くても歓迎すべき資源保護ではないだろうか。  (2008年11月27日)

・賢いオウムはいなかったのか・


◆古代インドに『鸚鵡(おうむ)七十話』という説話集がある。仕事で長旅に出る商人が、家に残す愛妻のことを賢いオウムに託していく。だが彼女はある王子に誘惑される。
◆するとオウムは、謎めいた物語を連夜巧みに語って彼女を引き留める。かくして七十夜が過ぎ、妻は何事もなく夫の帰宅を迎える。そんな本を繰りながら、ことは違うがムンバイで起きた無差別テロを思った。テロリストを止める賢いオウムはいなかったのか。
◆爆発や乱射はホテルや駅など10ヵ所以上で起きた。市街戦を思わせる映像が現地から届く。100人余が犠牲になり、日本人も2人死傷した。出張中に亡くなった津田尚志さん(38)はロビーで胸や腹を銃撃されたという。痛ましさに胸がふさぐ。
◆犯行声明を出した組織の実態はよく分かっていない。テロの目立つインドだが、外国人の多い高級ホテルを狙い、英米人を人質に取ろうとしたのは異例らしい。「欧米支配への聖戦」を唱える国際テロ組織、あのアルカイダと関係があるのだろうか。
◆インドといえば、非暴力をつらぬいた独立の父ガンジーが思い浮かぶ。綿を紡ぐ糸車を回して支配や搾取に抗する姿を、写真でご記憶の方もおられよう。運動の象徴になった糸車の操り方をガンジーが覚えたのは、ムンバイだったといわれている。
◆今や経済発展のめざましいインドだが、その陰にテロを生む温床が息づいているようだ。背景は宗教か、それとも貧困なのか。テロを許さぬ固い決意とともに、国際社会が「賢いオウム」になるしかないとの思いが募る。  (2008年11月28日)

・政治の品位・


◆「鍍金」と漢字で書くと首をひねる方もおられようが、メッキと読む。古来の技術で、奈良の大仏を造ったときにも用いられた。だが、いつしか、お粗末な中身を隠して外面を繕うという、芳しくない例えに使われるようになった。
◆「沈黙は金。メッキがはがれないように」。自民党内からも「メッキ呼ばわり」の麻生首相は、苦しい政権運営が続く。名言なら「一日一言」もありがたいが、これでもかの放言や朝礼暮改には身内もたまらないのだろう。
◆経済危機に向けた第2次補正予算案の国会提出は先送りする。解散・総選挙もずるずる延ばす。政府と与党は「政権」という城に立てこもった印象だ。ならばと、民主党は篭城(ろうじょう)する堀を埋め、門をこじ開けにかかる。
◆麻生首相と小沢代表がきのう、初の党首討論に臨んだ。「この人の話は危ねえ」「そのへんのチンピラ」と互いをけなし合う仲だ。野天の真剣勝負を期待したが、道場の申し合いだった。質疑は堂々巡りして、与野党応援団のヤジばかりが大きい。
◆民主主義の基礎は「他の人が自分より賢いかもしれないと考える心の用意」だと、戦後すぐの英国首相だったアトリーは言った(『政治の品位』内田満)。言い負かそうと力むばかりでなく、他の言葉をしっかり受け止める資質が政治家には欠かせない。
◆条件反射のように湧いた盛大なヤジに、日本の政治が心配になる。言論の府でも「聞く耳持たず」がまかり通るのか。いまや政治全体がメッキ仕立てになっているのなら、深刻さは首相の放言どころでの話ではない。  (2008年11月29日)

・11月の言葉から・


◆「人生を振り返るチャンスを作ってもらった」。詐欺で起訴された音楽プロデュサーは、自分を告訴した被害者への感謝を口にしたそうだ。米国は黒人大統領で出直し、バトミントンの「オグシオ」はそれぞれの道へ。心機一転、11月の言葉から。
◆オバマ氏当選。「アメリカ史の発展の早さに驚いた」と米国出身で鳥取に住む秋山キャサリンまゆみさん(34)。元広島平和記念資料館館長の高橋昭博さん(77)は「次は核廃絶という、ありえなかったことが現実になってほしい」。
◆昇進を機に、しこ名を安馬から改めた日馬富士(はるまふじ)公平さん(24)は「大関の名を汚すことのないよう、いい生き方をしたい」。生き方と大きく出たところに大器の予感。反面教師には不自由しない。
◆30回で終了した東京国際女子マラソン。優勝した尾崎好美さん(27)を指導した第一生命監督、山下佐和子さん(44)は「歴史ある大会の最後をこういうふうに飾れて、この世界で頑張りたいという思いがまた強くなった」。来年から舞台を横浜に移す。
◆流産や死産を癒す絵本『ごめんね、ありがとう。』(サンクチュアリ出版)を出したイラストレーター326(みつる)さん(30)。「悲しみを無理に忘れようと苦しんでいる人たちに届けたい。今の社会は悲しみから目を背け、楽しい側面ばかりみせようとしている気がするから」。
◆10月、通算千回の「勧進帳」を奈良・東大寺で達成した松本幸四郎さん(66)。その夜の満月にしみじみ思ったという。「回数よりも、最高の舞台を何回できたか、今後何回できるかだ」と。  (2008年11月30日)
posted by えぷろん at 12:55| 東京 晴れ| Comment(0) | 朝日新聞 天声人語ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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